創業者 原田隆司のエピソード

~原田精機の原点~

原田精機の創業者原田隆司は、日本楽器製造に入社後、川上源一社⾧と共にヤマハ発動機株式会社を立ち上げた。原田隆司は、工機部を作るために出向し、のちにヤマハ発動機社員となりオートバイやクルマを製作しました。

1953年11月7日、ヤマハ発動機の前身である日本楽器の幹部社員に対し、川上源一社⾧から極秘の方針が伝えられました。

「オートバイのエンジンを試作する。できれば5~6種類くらいのエンジンに取り組む必要がある。その中から製品を選び、1年後には本格的な生産に入りたい」


日本が復興への道を歩み始めた1950年代、無数の企業が二輪業界へと参入し、その数は一時204社までふくれ上がった。しかし、川上社⾧がモーターサイクルの製造を示唆した頃にはすでに淘汰も始まっており、「そういう市場に最後発として参入して、果たして本当にやっていけるのか」という戸惑いの声も社内にないわけではなかった。※ヤマハモーター株式会社HPより